
- ガラスの街
- ポール・オースター
- 新潮社 2009-10-31
デビュー作でありながら唯一柴田元幸翻訳ではなかった本作が新たに翻訳されると言うことで、雑誌(
『Coyote No.21 特集 柴田元幸が歩く、オースターの街[二〇〇七年、再び摩天楼へ]』)掲載時からずっと単行本にまとまるのを待っていた。ポール・オースターとエドワード・ゴーリーは柴田元幸でなくっちゃね、と利いた風な口をきいてみる。
17の出版社に出版を断られたという曰く付きの本作、すでに柴田元幸訳で刊行されている
『鍵のかかった部屋』と
『幽霊たち』と合わせてニューヨーク三部作となるわけだが、底に貫かれるテーマは「私とは何者か?」と言うことだと思う。
本作の主人公クインは、年に1作ずつ、ウイリアム・ウイルソンという名前でミステリー作品を発表している覆面作家だが、彼は今現在深い悲しみを抱え込んでいる。失った妻と子の記憶に苛まれ、生ける幽霊のような暮らしを送っている。
だが、深夜の間違い電話が、そんな彼の運命を変える。「ポール・オースターさんですか? 私立探偵の?」
何度も間違い電話を受け続けるうちに、最初は煩わしいと思っていたクインの心境が変わり始める。とうとう、彼は返事をする。変化を始めた運命の流れの中に身を投じる。「私です、私がオースターです」
電話の主に言われるまま、とあるアパートを訪れたクインは、不思議な男と出会う。男は奇妙な動作で歩き、奇妙な言葉で話した。幼い頃から父親に暗い部屋に監禁され、暴力を受け続けてきたこと。暗い部屋の中にいた数年間、一度も言葉をかけられたことはなかったし、言葉を発することもしなかったこと。やがて父親が逮捕され、光の中に連れ出されたこと。今の妻とであって、ようやくここまで回復できたこと。
彼はクインに、オースターに、刑務所から釈放されてくる父親から自分を守って欲しいと依頼する。クインは依頼を受け、父親の写真を見て、駅から出てくる人々の中から彼を捜し出し、尾行を始める……
これは探偵小説ではない。ポール・オースターらしいと言えばオースターらしい作品である。『幽霊たち』とも主題が似通っている、と言うか、「私は何者か?」と言う主題はオースター作品の中でフーガのように繰り返し現われるものだ。『鍵のかかった部屋』が
『リヴァイアサン』をなぞっているように。
とにかく、探偵らしき存在は出てくるが、探偵小説ではない。謎は何ひとつ解明されることなく、事件は本当に起っているのかすら分らない。この物語の語り手が『誰』なのかすら、最後の最後になってようやく明かされるほどだ。文学作品と言うには探偵小説の手法が使われており、探偵小説と呼ぶには、これはあまりにも文学作品過ぎている。
赤いノートを持って父親を尾行するクインは、やがて彼が奇妙な軌跡を辿ってニューヨークの街を彷徨っていることに気付く。そしてやがて、クインもまた彼の妄想めいた世界に捕らわれてゆく。父親が息子を監禁し暴行した本当の理由が明らかになり、いつの間にか読者は父親の側に立たされてしまう。
しかし、なんだか最近ポール・オースターはパワーダウンしている気がして仕方ない。最近どころか、これは実質デビュー作なのだが、それにしても『リヴァイアサン』やら
『最後の物たちの国で』みたいなインパクトがなくなってきている。それは前述したように、オースター作品に繰り返し現われるいくつかの主題があって、それが共通しているあまりに目新しさが欠如してしまっている、と言うような雰囲気。どの作品にも、未来、あるいは過去の作品につながる何かがある。処女作にはその作家の持っているすべての要素が隠されている、とはよく言われることだが、オースターに至っては、すべての作品にすべての要素が詰まっている、と言ってもいいかもしれない。大江健三郎の初期作品の共通項にもよく似ている……どれか一個読んだらもうお腹いっぱい。みたいな。同じような材料を使って調味料だけ変わってる感じ。
それでもやはりオースターを読んでしまうのは、面白いからなんだろうなあ。悔しいけれども。あと、ニューヨークに行ったことがある人なら、別の方向から楽しめたかもしれない。街を彷徨うクインと父親の姿が執拗なほどに描写されているが、私はニューヨークの風景を伝聞でしか知らないものだから、いまいち想像しきれなかった。多分、この作品にとって『ニューヨーク』という場所が一種のトポスであり、主人公の一人と言っても過言ではなかっただろうから。
ちなみにラストシーンは結構鳥肌が立った。こういう終わり方は好きだ、突然崖から突き落とされるような。独語のさわやかさは微塵もないけど、その代わりずっと抜けない棘みたいに記憶の中に留まっている。
とりあえず、次の翻訳が早くでないかな、とすでに待ち侘びている。もちろん、柴田元幸訳で。
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ガラスの街
感想☆☆☆☆ ポール・オースター 柴田元幸訳 新潮社
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