最近の、いわゆる「ミステリ小説」というのはほとんど読まないが、私は戦前ー戦後辺りの推理小説が好きだ。江戸川乱歩とか横溝正史とか小栗虫太郎とか夢野久作とか。中でも、『黒死館殺人事件』が一番好きで、犯人は知っていながらも、数年ごとに何となく読み返してしまう。もっとも、私は推理小説を読むに当たって、犯人を知っていてもトリックを知っていても楽しめる方だ。と言うか、知ってる方が安心して読めたりする。基本的に、推理小説には向いていないのかも知れない。
小栗虫太郎といえば、非職業探偵・法水麟太郎が出てくるシリーズ全十作が私の中で代表作なのだが、現代教養文庫版
『黒死館殺人事件』の後書きを読むと、いつもいらっとする。井上良夫が『魅力薄き法水麟太郎』という文章を一部寄せているからなのだが、まあ確かに、本作の法水氏は膨大な知識の御筆先、と言うか、まさに井上良夫が書いたように『単に作者の御筆先をつとめるロボット』であったのだが、それでも言葉の端々、動作の端々に滲み出てくる性格の悪さ、冷笑的な態度、うっかり犯人のはめられるお茶目さ、なんかもあって、かなり魅力的であると思うのだがなあ。
それに、法水氏と共に黒死館に乗り込んだ検事の支倉、直情型で結構感情の起伏が激しい熊城捜査局長なんかも、ステレオタイプではあれど、異様な妖気が漂う現代の魔窟・黒死館の中で唯一人間らしさを保ったいいバランスの存在だと思っていたのだが。
ここまで書いてしまってあれだが、京極夏彦の京極堂シリーズが、この『黒死館殺人事件』を意識していないと、作者本人に言われても私は信じない。ペダンティックな変人探偵(法水・京極堂)がこれって本筋と本当に関係あるのかよ、と言いたくなるような長広舌をふるうと言う構造は、すでに小栗虫太郎によって確立されたものであった! しかも、京極堂が妖怪談義に終始しているのに対して、法水麟太郎は精神病理学・歴史・毒物・力学・天文学……百花繚乱の知識の海を縦横無尽に泳いでいる。この辺りが御筆先呼ばわりの原因なんだろうし、法水氏と長くつきあっている支倉・熊城コンビも異様なほど知識が豊富だったりして、まあ井上良夫の言ってることも分からなくはないけどね……という感じ(しかも、検証によると結構間違った知識とか、読み方とか、入ってるらしい。鵜呑みにするのは危険だとか)(まあ面白いからいいんだけど)
建築士クロード・ディクスビイが神奈川県内某所に作り上げた、「四百年の昔から纏綿としていて、臼杵耶蘇会進学林(ジェスイットセミナリオ)以来の神聖家族と呼ばれる降八木の館」。それは通称黒死館と呼ばれていた。その中には、生まれてすぐに当主降八木算哲に海外から連れてこられ、以降一歩も外へ出ることが許されなかった門外不出の弦楽四重奏団(ストリング・カルテット)が存在し、それ以外にも、算哲の死後当主となった旗太郎、算哲の姪であり大女優であった押鐘津多子、その夫で医学博士の童吉、図書係の久賀鎮子、算哲の秘書であった紙谷伸子などが暮らしている。
この中で殺人事件が起こるわけであるが、まずその舞台装置が素晴らしい。黒死館、と言う外界から閉ざされた空間で、かつて起こった三件の不可解な事件。そのうちのひとつは当主である降八木算哲の変死事件でもある。館もの、というのは推理小説の王道シチュエーションであろうが、やっぱり黒死館が一番好きだ。
第一の事件では、弦楽四重奏団の一人、グレーテ・ダンネベルクが殺される。その死体のこめかみには、生体反応のある紋章が刻まれ、密室に横たわる死体は、薄青い神秘的な屍光に包まれていた。そして、彼女が書いたと思われる紙片には、「テレーズ吾を殺せり」の文字が。
このテレーズというのは、算哲がかつての妻をモデルに人形師に作らせた自動人形テレース・シニヨレのことである。生き残った者たちは口をそろえて、テレーズこそがこの館に巣くう悪魔だという。
ダンネベルグは人形に殺されたというのか。謎が謎を呼ぶ第一の事件は、黒死館という舞台で繰り広げられる豪華絢爛で陰惨な事件の幕開けに過ぎなかった。
たまにはこういうのもいいなあ、と思う。中二病満開でこころがきゅんきゅんする。いわゆる『法水もの』の中では『黒死館殺人事件』の完成度がダントツだと思う。『潜航艇鷹の城』でヨットを操縦したり、別の作品ではハムレットを演じたり、正直法水氏はオールマイティというか作者のやりたいこと何でもやってくれる人だけど、そんな突っ込みはもう正直どうでもよくなるくらいに、『黒死館殺人事件』は日本の推理小説の中に燦然と輝く名作だと思う。