最も多感な14歳頃に読んでしまったスティーヴン・キング。一番始めに読んだ『IT』こそが至高のホラー小説だと、実は今でもちょっと思ってる。読み返してびっくりしたのは、まず、『メイン州・デリー』という街が存在しなかったこと。中学生の私の中ではあんなにも生き生きとしていた街が、すべて作者の頭の中にだけ存在していたとは……まあ、確かにラストで崩壊する街ではあるんだけど、この存在感、人生の半分以上の期間を騙され続けた、この圧倒的な存在感。
どもりのビル・デンブロウ、デブのベン・ハンスコム、悪たれリッチィ・トージア、喘息持ちのエディ・カスプブラク、ユダヤ人のスタン・ユリス、デリーで唯一の黒人マイク・ハンロン、そして貧しいアパートに住んでいるが美しい少女ベヴァリー・マーシュ……彼等は「はみだしクラブ」だった。彼等は親友だった。偶然が彼等を出会わせて、彼等を強い力で結びつけた、それは理屈ではなく、本能のような力だった。
1958年、ビルの弟のジョージィが殺された。大洪水の後、黄色いレインコートを着て、ビルが作った紙の船を側溝に流して追いかけていたジョージィは、左腕を引き千切られた。排水溝の中、風船を持ってにやにやと笑うピエロの姿をした者に。
その年、デリーでは沢山の子供が殺された。はみだしクラブの少年少女たちは、犯人を知っている。それはピエロ、あるいは狼男、瘡っかきのホームレス、巨大な鳥……様々な姿を取って彼等の前に現れるもの、「IT(あいつ)」としか呼びようのないものだ。
彼等は、「IT」を倒した。そして、約束をした。もし「IT」が死んでいなかったら、また舞い戻ってきたら、今度こそ「IT」を殺そう、必ずまたここへ戻ってきて、今度こそあいつを倒そう……そして27年の時が流れ、唯一デリーに残ったマイク・ハンロンから連絡が来る。「また始まった。来るか?」
ビルは小説家になり、ベンはダイエットに成功して建築家になった。リッチィは何種類もの声色を使い分けるディスクジョッキー、エディはリムジン会社経営、スタンは有名な会計士、ベヴァリーはデザイナーとなって、皆その分野で成功し、金も名声も手に入れた。それは順調すぎる人生だった。ただ、彼等のうち、誰一人子供がいないことを除いては。
彼等は、マイク・ハンロンからの電話を受けたその瞬間まで、デリーで過ごした子供時代のことをすっかり忘れていた。自分がITと戦ったことも、どうやってあいつを倒したかも、なぜ記憶を失い、それを疑いもしなかったのかも。
だが、彼等は戻ってきた。何か強い力に引き寄せられるように。ただ一人、電話を受けた直後、浴室で手首を切って自殺したスタン・ユリス以外は……
物語は、1958年と現代を交互に行き来しながら進行する。子供たちは、子供たちなりの方法で、あいつに立ち向かう。そして勝利する。だが、大人になった彼等には、あの時のような力はもうないのかも知れない。それでも必死に、彼等は立ち向かう。あの時の約束を果たすために、殺された弟の敵を討つために、仲間のために。
あっれー、なんかこの構成ってどっかで……と思ったら、思い出した。『20世紀少年』そのままじゃないか。もちろん『IT』の方が断然早いんだが。私が妙に『20世紀少年』が好きだった理由がやっと分かった。『IT』が好きだったんだ、全然忘れてたけど。
中学の時に読んで、衝撃は大きかった。今読み返してみると、なんだかはみだしクラブの面々が、まるで懐かしい昔の友達みたいな気分になってくる。やはりここでも圧倒的な存在感で、私の中にあったんだろうな……そして今でもピエロは怖い。これは
映画版の方だが、
映画のペニーワイズ(ピエロ)はとんでもなく怖かった(まあ映画の方のラストは正直どうなのよ、と思ってるけど……)(原作に忠実といえば忠実だったんだが)
なんだろう、ホラーなんだけど、なんか青春小説みたいな感じ。懐かしさ、とかノスタルジアまで感じるような。それだけ昔の自分は物語世界に入り込めてたのかも知れないけど。ただ同時期に読んだ
『ダーク・ハーフ』とか
『シャイニング』にはそんな感覚はなくて、ただ「面白かったなあ」と言うだけなんだよな。この差は一体何だろう。やっぱり、はみだしクラブの面々に自分を重ねていたんだろうか。友達、いなかったしな……羨ましかったのかも知れんね……フィクションで補完するしかなかった青春、と言うか、その対象が長編ホラー小説ってどうなのよ、とも思うけれども……
この物語の結末は、「20世紀少年」みたいに投げっぱなしではない、きちんと終わる。それは一抹の寂しさもある。本を読みながら作り上げてきた世界ががらがらと崩れるような、ゆっくりと緞帳が下がって照明がついて、ふっと自分の両手を見下ろした瞬間のような。物語の終わりというのは寂しい、それが面白い物語であればあるほど。そしてこの物語は面白い。でもこの終わり方は嫌いだ、美しいけれど。みんな忘れてゆく、登場人物でさえも。彼等は皆忘れてゆく、自分たちの間にあった友情も何もかも。忘れてしまって悲しいことすら忘れてしまう。ある意味、この物語の中にあったどんなに恐ろしいシーンよりも、恐ろしいラストシーンが待っている。
分厚い文庫が4冊、正直長すぎると思うが、読んでいるとそんなことは気にならない。面白いから、どんどん次の頁をめくる。そして物語が終わらなければいいと思う、そんな小説だった。まあ、特別な思い入れがある本だから、かなり美化してるところはあるかも知れないけど。長いから、と敬遠するのはもったいなさ過ぎる。ホラー好きなら読んでおいた方がいい。そして久しぶりに映画も観たくなったな。例えラストでものすごい脱力感に襲われようとも。映画はペニーワイズを楽しむためのものだからね……